僕のあまのじゃく#27

ティモンディ前田裕太さんの人気コラム【前田裕太の乙女心、受け止めます!】がリニューアル。

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ガラリと雰囲気を変えて、毎週変わるお題に沿って、前田さんに自由に言葉を紡いていただくフリースタイルエッセイ【僕のあまのじゃく】をお楽しみください♡

テーマ:「映画」

面白くない、という言葉が極端に嫌いだ。
それは言われるのもそうだけれど、口にもしたくない。
というのも、面白くないというのはまごう事なき主観で合って、同じ出来事でもそれを楽しく感じる人間が少なからずいる。

それを、面白くない!と言い切れる人間は、「僕にはそれを面白いと思える感性を持っていません」と感受性の乏しさを公言しているようなもの。
相手に対して言う言葉のようで、実は言う方が恥ずかしいものだと思う。

だから、面白くないと感じた時は私の感性では”受け止めきれなかった”と表現するようにしている。
あくまでも原因は自分にあるのだ。

私は小説を読むけれど、それが映画化することがある。
これは、賛否が集まりやすい作品が多い。
原作があるような映画は、ファンがうるさくて作るのはとても大変だと思う。
かくいう私もそのうるさい小説ファンの一員だからだ。

3年前の話だ。
恩田陸先生の作品で愛読しているものがあるのだけれど、それが映画化した。
好きな本が映画化したのでワクワクを胸に映画館へ行ったのだけれど、映画が終わってみれば、それは私には”受け止めきれなかった”ものだった。

演者の人たちは素晴らしい演技をしていた。
けれど、本当に監督は原作を読んだのだろうか?脚本家は?作品に対して製作陣は愛を持ってやっていたのだろうか、という、普通に考えればYesと答えが返ってくるのが分かっているものの私には原作への愛が故に疑問を持たざるを得ないものだった。

ただ、どうだろう。
小説はあくまでも文章で構成された作品であって、その正解は読者各々の脳内で完成される。
十人いれば物語は十通りのイメージが構成されている訳で、そのイメージに合う映像を撮るなんて困難だろう。

私の感性よ、豊かになれ!

私はきっと、自分の偏ったイメージで、この作品のこの描写は、こういう意味だ!だってそう書いてあるから!と思って、それを求めてしまっていたのだろう。
監督は監督で文を読んでも別の表現でそれを映像にしたいと思ったのかもしれない。
それを、全然受け取れない人格とは、なんて勿体無いのだろうか。

私の感性よ、豊かになれ!と願いを込めて再度原作を読み直し、3年を経て、色々な経験を積んで精神的にも大人になった今の私であればと思い、この間、もう一度DVDをレンタルして、その作品を見てみた。

まだ今の私では”受け止めきれなかった”。
もっと沢山のものを学んで、酸いも甘いも経験をして感性を磨き、いつか受け止めきれる人間になりたい。

ー完ー

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