ティモンディ前田裕太が今週も皆さんの乙女心を受け止める時間がやってまいりました。
お仕事、学校などなど、日々にお疲れ気味の女子たちの心を癒す連載

【ティモンディ前田裕太の乙女心、受け止めます!】

今宵は「自分を好きでいてくれる人と、自分が好きな人、どっちがいい?」について。

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愛されるより愛したい、と堂本兄弟が歌っていたけれど、愛とは如何なるものだろうか。
自分を好きでいてくれる人と、自分が好きな人、どちらが良いか、という題材を話している場面に居合わせたことがあるけれど、この手の話は不毛極まりない。

というのも、愛とは感情ではない。
その感情とは異なるものを、好きという感情と混濁して考えた前提の話合いで出る結論は、まともな結果は出ないからだ。

では、愛とは何か。
結婚式で新婦に対して永遠の愛を誓うように、愛とは決意。
永遠に同じ感情でいることを誓うなんて実現不可能なことを式で強いている訳ではない。
単に好きという感情が強くなったのが愛ではなく、それは決意であり、決断であり、約束である。

「愛するということは、お互いに顔を見あうことではなくて、一緒に同じ方向を向くことだ。」
星の王子様で有名なサン=テグジュペリが傾慕とは如何なるものかを述べている。
好一対には、互いに良い関係を保たなければなれないけれど、相手と同じ方向へ目を向けて、寄り添うことが必要不可欠なのだと思う。

愛情表現は当然に相手へ向けてすることではあるけれど、愛は好きという感情とは一線を画する。
では、その決意を持っていれば良いか、と問われると、答えは否である。
そんな単純なものではない。
エーリッヒ・フロムは「一人でいられる能力こそ、愛する前提条件なのだ」と述べている。
人を愛するには、まずは自分を愛してあげる必要がある。

願わくば堂本兄弟のアンサーソングとして「愛されるより愛するより、自分自身を愛しな
さい」と前田兄弟として曲にして歌いたいものである。
前田兄弟は既にいるか。
芸人の大先輩で。

真の意味で人を愛するには自分の人格を発達させるよう努力しなければならない。
自立した人間だからこそ、懇ろな関係になった相手と対等な関係を保つことができる。
愛されるから愛するのは、稚拙で歪んだ形の愛。
それそのものを否定する訳ではないけれど、どこまで行っても安定した幸せを享受するこ
とは難しいだろう。

(自分も相手も)愛するから愛される、というのが成熟した愛である。
自分を愛して自立した人格を有し、その上で人を愛するからこそ、健全な愛が育まれる。
愛とは能動的な活動であって受動的な感情ではない。

人生の意味はひとつしかない。生きるという行為。それ自体なのだ。
大前提はその自分一人で生きる自立した人間性を獲得することが、人を正しく愛せて、自分自身も幸せに向かうことができることだろう。

自分を好きでいてくれる人と、自分が好きな人、どっちが良い?という会話になった際には、「そもそも自分を愛するところから始めようか」と自立した人間性を有しているのか、問うところから始めるといい。
人間関係に必要以上の軋轢を生むだろうけれど。

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