思わずきゅんとしてしまう妄想ツイートが大人気!
今話題のライター・編集者のカツセマサヒコさんに雌ガールのための恋愛小説を書いてもらいました。気が合う彼との同棲生活は、幸せも不満も折り重なる毎日。3度目の恋の先に待っているものとは?感動の最終回!

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27歳にして、人生三度目の恋をしている。

 

「恋をしている」という響きだけ聞くとすごくキラキラしたものを想像しがちだけれど、同棲して1年が経っているせいかなかなか現実的で、ドラマチックな展開はごく稀にしか訪れない。周りの友人から結婚報告を受けるたびに「さてどうする」と重たい空気が部屋を満たしては、それをどちらからというわけでもなく換気する日々が続いていた。

 

きらびやかな恋愛ではないし、ほろ苦い恋でもない。それでも、彼が愛おしかった。

等身大の自分のまま愛してくれて、向き合ってくれる彼は、わたしにとって最高の恋人だったし、夫にしたい存在だと、この歳にして実感していた。

 

わたしは、この恋がわたしにとって最後の恋になりますようにとただただ願っていた。

 

◆◆◆

 

「えー、まだ8時じゃん」

スマートフォンを眺めながら、藤本大悟はボヤいた。昨夜はふたりとも仕事で帰りが遅く、ひさびさにゆっくりできる休日だったのもあり、もっと寝ていたかったのだろう。

 

ただ、なんとなく目が覚めてしまったわたしは、その朝がお互いに予定がない土曜日だとわかった途端、このままベッドにいるのが勿体なく感じて横にいる彼を起こしたのだった。

 

「たまには優雅に散歩でもして、そのままブレックファーストといきましょうよー」

「ブレックファーストって言い方、なんかムカつくな?」

 

ベッドでじゃれあいながら交わす冗談が好きだった。ふたりでいると漫才のような掛け合いをするわたしたちは、第三者視点でもお似合いなカップルに見える自信がある。大してルックスも良くないし、大金持ちなわけでもない。でもダイゴはいつも機嫌が良くて、わたしの軽口にどこまでも着いてきてくれるノリの良さがあった。

 

ユニクロで買ったお揃いのスウェットを脱いで、ボーダーのカットソーに袖を通す。ふと横を見ると、彼もまた似たようなボーダーシャツに着替えようとしていて、阿吽の呼吸を感じてニヤける。

 

「ちょっと。格好が被ってるんですけど」

「ああ? あ、ほんとだ。めんどくせ。とりあえずメシだけ、このまま食い行こ」

 

手をつないでアパートを出る。途中、「雲のかたちが何に見えるか」という議題で盛り上がり、人影がなくなると「ちょっと」と合図を出されてキスをした。朝からやっているカフェのテラス席に着くと、ミネストローネかコーンポタージュかでモメて、注文した直後に「やっぱりそっちにすればよかった」とゴネられた。

 

そんな彼との日常が、とにかく好きだった。

 

 

ダイゴと出会ったのは、何気なく参加した友人主催の飲み会だった。

男女の人数もバラバラで、参加者10人程度。お互いに初対面も多いその会で、たまたま隣にいた彼と異様なまでに意気投合したのだった。

 

「趣味とかあります?」

「ド定番な質問するね?」

「だって、共通の話題ないし」

「蕎麦と、日本酒」

「え、うそ! わたしも好き!」

「え、渋っ! 女子でしょ?」

「え、ひどくないですか? その偏見!」

「いや、同い年で蕎麦と日本酒が好きな女子って、あんまいないから」

「そうかなあー。え、日本酒、何が好きです?」

 

“趣味が同じ”だなんて、どんだけ陳腐なきっかけなんだと自分でも呆れた。でも、その翌週には千駄ヶ谷の古びた居酒屋で昼から日本酒を飲み交わしていたわたしたちが付き合ったことは、今思えば必然のようにも思えた。

 

どれだけお酒が入ってもわたしを終電で送り出す彼の姿勢にはどこか好感が持てたし、三回目のデートで「素面のうちに言うわ」と言ってきちんと告白してくれたことも、この歳の男にしてはしっかり手順を踏む堅実さが珍しく、快く受け入れることができた。その夜にどちらがお酒に強いか競った末、彼をタクシーで家まで送るハメになったことも含めて、わたしたちの始まりはとてもスムーズで愉快で、喜劇のようなものだった。

 

◆◆◆

 

それだけ仲が良かったわたしたちでも、同棲してからは度々ケンカをした。

 

ダイゴが出かける際の服装が気に入らず、「え、その格好で行くの?」と軽く指摘したら、そのまま不機嫌になって2日間険悪なムードが続いたこともあるし、上司の愚痴を延々と垂れ流すわたしに愛想を尽かし、「人のこと悪く言いすぎだと思うよ」と啖呵を切って3日放置されたこともある。

 

付き合って三年、一緒に住み始めて一年。

笑ってばかりではいられないのが男女であることを改めて実感していた最中に、またひとつ事件は起きた。

 

 

 

「今日、ご飯つくります!」

 

わたしの28の誕生日が一週間前に差し迫ったある日、珍しく仕事が早く終わったので、久しぶりに自炊をすることにした。ダイゴもわたしも偏った食生活が続いていたし、誕生日というプロポーズを受けるには絶好の機会を前に、女として嫁として、手の込んだ料理を作れるところをアピールしたかった狙いもあった。

 

しかし、ダイゴから連絡が返ってきたのは、ほぼほぼ料理を作り終えたころで、それも「わり、もう食ってきちゃったから、あしたの朝食べるわ」という配慮のカケラもないそっけないものだった。

 

「こっちの気持ちになってみれば、あんな連絡求めてないことなんてすぐわかるでしょ!?」

「そっちが勝手に早く帰って作り始めたんだろ? おれのせいにすんなよ。疲れてんだから」

 

帰ってきてからは、完全なる平行線。

慣れないことをして疲弊していたわたしも、仕事の繁忙がピークを迎えて消耗しきっていた彼にも、お互いを思いやる力は残されておらず、わたしはただ泣き、彼は眉間に皺を寄せたまま謝ることはなかった。

 

その状況は次の日も、その次の日も、誕生日前日の夜も改善されないまま、ただ時間だけが過ぎ、わたしたちの住むアパートは不穏な空気だけがいつまでも留まり続けた。

 

◆◆◆

 

そして迎えた、28歳の朝。

目が覚めると、ダイゴがわたしの顔をじっと覗きこんでいた。

 

「え、何……?」

 

またケンカをぶり返す気かと思い、一瞬身構えた。しかし、ここ数日より穏やかな彼の表情に気付き、すぐに気を緩める。眠気はすぐどこかに飛んでいった。

 

「どしたの……?」

 

もしかしたら、別れ話かもしれない。それにしたって、わざわざ誕生日の朝に言うことはないだろう。デリカシーがない男だとは思っていたがここまでとは。この歳からまた彼氏つくるの、大変だなあ。いつ結婚できるんだろう。

 

あらぬ妄想を繰り広げていると、彼が私の手元に視線を落としていることに気付いた。落ち込んでいるわけでも、反省しているわけでもない。何か別の思惑が見える。何?

 

おそるおそる視線を落として、初めて気付いた。

左手の薬指に、違和感。

 

「え!? ……え!???」

 

 

パニックになった。薬指に、指輪がはめられている。

 

なんで?どうして? こんな、すごい。なんで……?!

昨夜までケンカしてたのに、起きたら、こんな……!

すごい……キラキラして……これ……え……ええ……??

 

涙が出た。出たというか、溢れた。

笑顔を作ろうにも作れないほど、驚きと喜びの感情が爆発して、言葉と筋肉が追い付かなくなった。

「うう、うう」と、情けない声が出て、全身の力が抜け、体が震えた。

それを見てダイゴが、目を細めてへへっと笑い、そっとわたしを抱き寄せた。

 

なんで? なんで??

 

止まらない涙と鼻水を手で拭いながら、左手の指輪に触れる。かわいい。わたしのことをよくわかっている人にしか選べないデザイン。すごくきれいで、あたたかい。大きな存在感がじんわりと伝わってくる、彼みたいにやさしい指輪。

 

彼はぎゅっと抱きしめながら、ゆっくりと、穏やかな声で言う。

「『藤本』って苗字、どう思う?」

 

その言葉を聞いて、また、思考が停止して震える。なんだその口説き文句。泣かせんな、ばか。つよがりを言いたくても、頬の筋肉が戻らない。代わりに大きく二度頷いて、彼の声になんとか反応する。数えきれない量の涙が、彼のスウェットを濡らした。

 

「俺と、結婚してください」

 

今度はじっとわたしの目を見つめ、はっきりと、丁寧に、ダイゴはわたしにそう告げた。見慣れた顔。いつまでもそばで見ていたい顔。

わたしはグっとお腹に力をいれて、下唇を噛み、溢れそうになる涙を強引に引っ込めてから言った。

 

「はい、よろしくお願いします」

 

これまででいちばんやさしい笑顔を向けて、彼はもう一度、わたしを抱き寄せた。

わたしは彼の腕の中で、子どものようにわんわんと泣いた。

 

 

◆◆◆

 

こうして、18歳から始まったわたしの三度の恋は、28歳を迎えた日にゴールを迎えた。

 

どの恋にも、それなりの思い入れがある。いずれも素晴らしいシーンばかりではなかったし、今となっては黒歴史にしたいような経験も、当然ある。

 

それでも、これまでの恋がなかったら、きっとわたしはダイゴと結婚できなかった。

少しずつ大人になる中で、男性というものを知り、自分というものを知り、そして今に至ったからこそ、彼と一緒になれたのだと思った。

 

だから、これまでの人生を、恋を、すべてを、一概に否定することはできない。

上書きしたい思い出や、後悔してほしい想いを持つこともある。

それでも、きっと恋をした当時の自分は、ワクワクしたり、ドキドキしたりしていたはずだから、その気持ちをそっと保存して、心の片隅に、いつまでも置いておいてあげたい。

 

今は、そう思う。

 

 

雌ガール、三度目の恋をする  終わり

Text/カツセマサヒコ

下北沢のライター・編集者

Twitter: @katsuse_m