僕のあまのじゃく#54

ティモンディ前田裕太さんの人気コラム【前田裕太の乙女心、受け止めます!】がリニューアル。

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ガラリと雰囲気を変えて、毎週変わるお題に沿って、前田さんに自由に言葉を紡いていただくフリースタイルエッセイ【僕のあまのじゃく】をお楽しみください♡

テーマ:ケーキ

いつからだろうか。
ケーキは1ホールを家族で切り分けて団欒の中食べていたのに、
今となってはコンビニで買った1ピースを貪るものになってしまった。

今や1ホールのケーキは、1人では食べきれない、孤独の代名詞と成り果てた。

26歳の誕生日、高円寺の駅の近くに素敵なケーキ屋さんがあって、そこに美味しそうな1ホールのケーキがあることに気づいた。
いつもなら1ピース買って食べるのところを、せっかく誕生日だし、と思い切って1ホールそのまま買って
そのまま丸々食べたのだけれど、胸焼けと、誰かと分け合えないという孤独で、死にかけた。

読者諸兄姉は独り身の時のホールケーキには気をつけた方がいい。

幼少期の誕生日は必ずケーキを食べる文化だったけれど、今となっては、あまり食べる機会がなくなってしまった。

理由を考えると、高校で愛媛に行ってしまってからかもしれない。

愛媛では寮に住んでいて、当然ながら誕生日会なるものなんて在寮中にはなかった。
もちろん、ケーキには有り付けなかったし、野球部の練習が毎日大変で、それどころではなかった。

その間に、ケーキの文化は私の中で死んだ。
さようならケーキ。
そう言う暇すらない状態で、私の中のケーキ文化は潰えた。

ケーキの代わりに

ただ、高校時代、全く誕生日を祝うことがなかったかと言えば、そうでもない。

あまりにも練習量が多くて、どれだけ食べても基本的にカロリーが足りない。
普通の食事をしていたら、どんどん痩せていってしまう。
それを防ぐために、野球部では、補食と呼ばれる時間があるのだ。

いわゆる間食なのだけれど、栄養を摂取するよう、練習の一環として、練習と練習の間に、痩せないよう、卵かけご飯を山盛り1杯食べる時間があった。

白米山盛り一杯に対して、生卵1つ。
ふりかけはかけ放題。

夜遅くまで練習をする学生にとっては、唯一の癒しの時間だったのだけれど、誕生日の時は一味違う。
通常、1人1つの卵が、誕生日の時だけ、2つ卵を使うことが許されるのだ。

本来なら、これでもかという白米に対して、卵1つだけでは、明らかにバランスが取れていないのだけれど、2つなんか卵をかけた日には、もうお茶漬けが如くするすると食べれてしまう。
当時の私には、卵が、誕生日ケーキそのものだった。
なんなら、もう卵のことをケーキと呼んでいた。

こう思い返してみれば、1ホールのケーキは食べられなくなったけれど、自分の誕生日が特別だと思えるものなのであれば、別に、卵であろうが、身近なものだろうが、なんでもいいのだ。

まもなく誕生日。

今年は、新鮮なイカでも買って、それを自分へのケーキにしたいと思う。
生クリームのケーキを1人貪るよりは孤独を感じずに済みそうだ。

ー完ー

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