育休を取ることに負い目を感じるママと、業務の穴埋めに不平等さを感じてしまう周りの同僚たち。
そんな育休にまつわる職場のモヤモヤに光を当てたのが、今年の春にネットニュースを賑わせた三井住友海上火災保険の「育休取得者の同僚に最大10万円を給付する」という『育休職場応援手当(祝い金)』制度です。

育休を取る側も、サポートする側も、心地よく働くためにできること。その課題に向き合った同社の人事部主席スペシャリスト(主席HRストラテジスト)・丸山剛弘さんにお話を伺いました。

男性社員の育休取得を義務化

――三井住友海上火災保険の『育休職場応援手当(祝い金)』より前の2021年、男性社員の1ヶ月育休取得を義務付けたことから伺います。これは舩曵真一郎社長のトップダウンから生まれたそうですね。

「現代の女性の産後うつが大問題だと感じた舩曵は、男性がもっと育児をしなくてはいけないと強く思ったそうです。そこで出された号令が“男性社員は子供が1歳になるまでに1ヶ月連続して育休を取ること。それは大変な時期である産後の早い段階で取るべし”というものでした」

――今まで1ヶ月も休んだことのない男性社員が多い中で、本人も周りの社員も戸惑うことばかりだったはず。業務の引き継ぎをスムーズにする仕組みづくりはどんなことを?

「出産予定日の2ヶ月前に“育休の計画書”というものを職場で作って業務を明確化しました。誰に分担するか、後回しにできるものはあるか…などを話し合う職場ミーティングをルールにしたんです。
すると、実は不要だけどやっていたことも浮き彫りに。育休取得者が出るたび、業務の棚卸ができるという思わぬプラスの効果がありました。
また、いつ誰が欠けても職場がまわるように手順書やマニュアルの整備にも力を注いでいます。絶対に1ヶ月休まなきゃいけないと決まれば、人も組織も成長することを実感しました」

――業務の効率化が自ずと高まったんですね。男性社員の意識にはどんな変化がありましたか?

「やはり子供がすくすく育っていく姿を近くで見られる喜びと、育児の大変さを身をもって体験することで、人間としての成長を感じたという声をよく耳にします。
その社員たちがいずれ上司になった時、育休を取る部下への配慮ができるような循環が生まれるといいですね」

会社でできる少子化対策を

――そして今回、新たに『育休職場応援手当(祝い金)』を導入されたきっかけは?

「昨年末に社長から“ところで少子化対策は進んでいるのか”というツッコミを人事担当役員が受けまして…
ワーママたちの交流の場や、オンラインで全国のママたちが悩みを語り合う場を設けたりはしていましたが、低コストでできる取り組みをやってきたのが正直なところです。と言うのも、いち会社が少子化対策にあまり経費をかけられないと思い込んでいました。でも社長の一声で、この問題にもお金を投資していいんだという発想に切り替わりました」

――そこで生まれたのが『育休職場応援手当(祝い金)』ですね!

「はい。人事部のブレストでまず育休取得者への金銭補助を増額する案が出ましたが、私の中でひっかかるものがありました。それだと残される社員からやっかみが出てしまうのではないかと思ったんです」

――今まで育休取得者を送り出す社員から不満の声を聞いたことはありましたか?

「直接聞くことはありませんが、私は52歳でサラリーマン歴30年を超えます。そうすると、育休取得者の気まずさも、送り出す側の不満も、空気で感じてきたんですよ。
育休だけじゃなく、短時間勤務中の社員は子供が熱を出したら保育園に迎えに行かなければいけません。すると他の社員は“こんな忙しいのに早く帰るなんて…”と思ってしまうのは当然のこと。でも育休短時間勤務者からすると“短時間だからお給料は低いのに後ろ指をさされている気がする…”と、お互いに相違は出てしまいますよね」

――そこで両者の気持ちを汲み取る制度を思いついたのですね。

「ブレストしたメンバーはみんな40~50代の中年の男性。それが逆に良かったのかもしれません。みんな長年勤めてきて、そういう職場の声なき声に触れてきたから」

――この制度、今までありそうでなかったのか不思議です。

「本当にそうですね。調べてみると中小企業に似たような先行事例がいくつかありました。我々のような大企業なりの壁は、ここに経費をいくら使うかなど、制度化のハードルが高いんだと思います。僕たちが恵まれていたのは、私とこの担当課長が損害保険の商品設計を長くやっていたこと。どのくらいの確率で何が起きて、その時にどのくらい払うみたいな、保険設定のプロセスで手当の金額を決めることができました

――この春に話題を呼んだネットニュースには、育休取得者が女性の場合は同僚に10万円(※)、男性の場合は3万円(※)が支給されるという内容でした。
(※13人以下の職場の場合。職場の規模で手当の額は5段階で変わる)

「現状では女性のほうが長く育休を取るので、業務の引き継ぎの多い同僚にたくさん給付できるように考えました。でも“これは画期的な制度”などと賞賛のコメントをいただく一方、性別で金額に差をつけていることに対する苦言も書き込まれておりまして。練りが足りなかったな…と反省しました」

――そこで丸山さんはすぐに修正を決意。

「育休取得期間が6ヶ月以上なら10万円、未満なら3万円と、期間に置き換えましたが、育休を取らない女性社員もいることに気がつきました。きっと職場では“あの人がすぐ戻ってこなければ10万円もらえたのに”と腑に落ちない人が出てくる可能性があります。
そこでひらめいたのが“3ヶ月”です。これなら男性社員も頑張れば手の届く期間だし、女性は法律上、産前6週間、産後8週間の休業を取得するので3ヶ月が範囲内になります」

――育休を3ヶ月以上取得する人がいる職場の同僚に最大10万円(※)、3ヶ月未満なら3万円(※)が支給される制度に変わったんですね。

育休を取らない女性社員の職場にも手当を支給できる!と、ひらめいた時は嬉しかったです。これは会社からお子さまが産まれることの“祝い金”なので、産む人も、一緒に働く人も、みんなハッピーになれる。こういう制度は考えていて幸せでしたね」

――今後の課題としては、女性のキャリアを守るためにもより男性の育児参加がメジャーになるといいですね。

育休が個人の休暇だと捉えるのではなく、子供は将来の日本の財源を支える存在であり、社会全体で育てていくという意識にシフトすることが必要だと思います。
それと、世界を見れば男性の育休取得率の高い国が増えている中で、男性が休みづらい日本企業に優秀な人材を呼び寄せるのは難しい。組織の発展のためにも、男性が普通に育休や短時間勤務を取れる環境づくりを目指したいです

まとめ

制度について社員の方々にインタビューしたところ、
「『育休職場応援手当』は、私が不在の間に負担をかけてしまう同僚に向けて、金銭的に感謝の気持ちを示せる有り難い制度です。申し訳なさや罪悪感が一切無くなるということは当然ありませんが、職場への見返りが何も無いよりも、気持ちの負担は軽減されました。もともと産育休に協力的な職場ですが、取得する側としては、産休に入るまでの引き継ぎ作業を一層しっかり取り組もうと改めて思いました

「育休中の業務の引き継ぎ相手を探すより、育休を取得しないで自分がそのまま働いた方が楽だと思っていました。でも『育休職場応援手当』の導入が決まり、業務の引き継ぎを同僚に依頼しやすくなりました

「育休取得者に対して、より心置きなく仕事を休んでほしいという気持ちになります」
など前向きなコメントがたくさん集まりました。

男女がビジネスで活躍する時代だからこそ、会社でも育休の制度をブラッシュアップする転換期かもしれません。風通しのいい職場を目指し続ける三井住友海上火災保険が、育休は個人のものでなく、社内全体で前向きにとらえられる仕組みづくりの重要性を教えてくれました。

Text:Iida Honoka
Photo:YUKIE SUGANO(
CUBISM)